昨日は(社)となみ青年会議所創立40周年記念式典が開催されました。昨年より準備してきたことが評価される日であり、良くも悪くも今後10年間語り継がれることであり私も実行員会委員長も前日から緊張の連続でありました。朝4:30に目が覚め何も手が付かず会社で周年のおさらいをしてから7:30には式典会場の入る。早くも総務委員会が駐車場と案内看板の設置を行っていた。すばやい!その後執行部メンバーがそろい神社へ参拝に行く。やっぱり最後は神頼み?しかし事前まで準備できていたからこそいけるのではないだろうか。その後当日リハーサルの移る。ヘリオスの舞台装置は感動ものだ。時間がない中でのリハーサルは緊張の連続だ。あっという間にお昼になった。祝賀会のステージは大丈夫だろうか?メンバーに弁当は行き届いているだろうか?心配に心配が重なる。でもその心配を消してくれるのはやっぱい現役会員のがんばりだ。本当に頭が下がる。本番の状況は次のブログに書かせていただくことにしよう。
2010年5月アーカイブ
今日から待ちに待った40周年の会場設営が始まった。式典会場と祝賀会会場との2箇所であったが担当割をしているので同時設営となった。式典会場では照明や映像の確認と人の流れの確認を行った。祝賀会会場も同様だが、創り上げられたステージはすごいものとなっていた。当日の仕上がりが今から楽しみだ。夕方には会員会議所がありましので本日の会場の氷見JCへ向かった。会議の最中も実際はとなみの準備の事が気になってしかたがなかった。会議終了後専務理事とすぐにとなみの準備会場へ移動した。ミニリハーサルを終え予想と違う面も出てきていたので担当者が夜遅くまで修正を重ねていた。この姿を見ているとJCメンバーの気持ちがひとつになっていると実感する。私の挨拶も秒単位で構成されている。考えれば考えるほど緊張するがその分の達成感もあるのだと思う。明日1日となった準備期間を有効に生かし当日を迎えたい。
本番まであと3日!何をしても手につかない状態だ。こんなことでは本番は大丈夫だろうか。仕事をしていてもすべて40周年の式典と祝賀会の事ばかり考えてしまう。午後3時から事務局にて新聞社との打ち合わせを行った。当日の新聞記事について話をした。報道関係者の皆さんからも注目をあびていることがわかる。この期待がものすごくプレシャーに変わるのである。夕方には初代理事長宅へお邪魔し当日の簡単な打ち合わせをした。初代にあって若い私の方が勇気をいただいたしまった。その後商工会館でミニリハーサルを行った。私だけではなくみんなが不安の中、当日の情景を思い浮かべ一通り進めてみた。何とか進んでみたがまだまだ修正点があると感じた。明日は当日の会場準備とリハーサルを行う。ここで最終調整を行い当日は万全の体制で臨みたい。この不安をぬぐうのはやっぱり練習しかない!
40周年事業には役割にわけて部会を構成している。式典部会と祝賀会部会と記念誌部会と記念事業部会である。今日はまじかとなった祝賀会部会にやってきた。メンバー全員参加のもと当日のシュミレーションが行われたいた。まだまだ当日の情景が見えないところもあるが何回も打ち合わせを行えば何とか形になる。金曜日からミニリハーサルを会場にて行う。ここまでしなくてはならないのかと思うがここまでしなくては安心できない。ここまでやっても当日は予想も出来ない事が発生する。でも準備が出来ていればたいていの事は何とかなる。そこまでたどりつくまでが大変だが今日の雰囲気はもうゴールが見えてきているようだ。この時間なのにメンバーの目つきが違う。もちろん輝いているのだ。同様に式典部会も同じように活動している。記念誌部会は先日最終構成を終え印刷に突入した。メンバーがほんとに一丸にならないとここまでにはならない。ほんとに感謝の一言に尽きる。もう4日後が楽しみでいられない。明日も周年にどっぷりつかる一日になるだろう。
今日は40周年全体会議が開催された。となみ青年会議所のメンバーが一同に会し5月30日のシュミレーションを行った。細部ににわたり打ち合わせを行い当日に迎えることになる。どんなときも準備は大切だ。今日はそんな事を十分に検討した結果を発表した。さすがに何ヶ月も積み重ねた内容だけにうならされる内容だった。ここにとなみ青年会議所の英知が集結していると思う・のこされた数日を再度検討し当日は過去に比べられない式典になると思う。是非ともこの式典を期待してほしい。
とうとう残り1週間となった。あっという間の時間がすぎてしまった。周年の委員長と2名の副委員長を中心にメンバー全員で行ってきたことが今花を咲かせようとしている。この1週間は確認作業と最終調整になる。一人ひとりの行動を細かいところまでつめていく。当たり前の事だがとなみ青年会議所の周年事業は全員で創り上げる事を大きな目標に掲げている。一人の例外なくこの事にチャレンジしていく。泣いても笑っても40周年は30日この一日だけ。どうせやるなら笑って全員で感動できる一日にしたい。もうひと踏ん張りの力を全員で合わせたい。心をひとつにする事は先輩から40年の間に創られ引き継いできた事でこの周年で再度心を感じていく。この1週間に私なりにメンバー一人ひとりに心伝えて行きたい。
今日は40周年スタッフ会議に来ました。残り1週間になりもう凄い完成度の資料が集まってきた。自画自賛ではなくよくぞここまで進めてくれたものだ。ここまでくるには紆余曲折もあっただろうがみんなの顔は自信にあふれている。この自信は汗をかいた分の裏づけだろう。その横では記念事業部会も行っていた。少し覗いて見た。記念事業は地域の多くの皆さんに感謝の気持ちを贈る事を考えている。今までたくさんの歌手や著名人の名前があがってきたいる。単に記念事業という位置づけだけではなく、となみ青年会議所の進む方向に合致した内容を考えなくてはならない。そこが一番重要かつ難しいところである。
そこに楽しさと達成感がある。今回の記念事業も充実した内容を期待したい。
今日は第6回理事会でした。今日の議案も盛りだくさん。初理事のメンバーも回数をこなすとだんだん理事会の動きがわかる。しかし、まだまだ弱いところもある。これをひとつづつ経験する事で理事としての自覚が出てくるのだと思う。理事会に向けて委員会で積んできたことを理事のメンバーにいかに伝えるかが難しいところである。情熱だけでは難しいところもあるが、情熱がなければ中身の濃いものにはならない。そしてどれだけの人たちを巻き込むかが事業の是非と言ってもいいだろう。そしてもっと重要なのがその議案の精度をあげるために質問をする理事である。議案の根本は何か、何が目的なのか、どのような効果があるか、ひつひつを整理する。結果、質問側も答弁側も真のしっかりした答弁が出来る。それが事業の中枢でありぶれないための問答が以下に大切かがわかる。理事全員で創り上げる醍醐味がJCにはある。本日上程した委員長は今日の経験から今後よりいっそうの成長を期待したい。
今日は40周年までちょうど残り10日の日である。10日しか無い考え方、10日もある考え方といろいろあるが、10日には変わりは無い。この10日をどう捉えるかで充実感はぜんぜん違う。心地よい緊張感のもといかにリラックスして進めていくかが当日の鍵を握る。そんな中、出身地である福光コミュニティー委員会が開催され、コミュニティーの事業と40周年の意思の疎通をはかった。このコミュニティーは理事長と40周年実行委員長と富山ブロック会長を輩出しているのでよりいっそうの気合が入る。責任はは重大だ。でもわくわくしている。何かそんな気持ちが私の精神力を支えているのだろう。そして今日もサプライズがあった。昨日の誕生日をコミュニティーメンバーが祝ってくれた。しかも、誕生ケーキはたまご好きな私に特大オムライスと卵焼きのフルコース、極めつけは妻と長男からの手紙であった。最近6年生になる長男とは顔を合わせる時間も無い中、泣かせてくれる手紙だった。こんな事を仕掛けてくれるコミュニティーが本当に好きだ。またここでコミュニティーメンバーと家族のためにまだまだがんばらなくてはならないと感じた。このもらった勇気を30日に発揮します。福光コミュニティーにありがとう。
今日は私松本誠一の38歳の誕生日であった。ブログを書いている今はJCの事務局で40周年の打ち合わせをしている。今日も早めに仕事を切り上げ富山JCへ周年のお願いに行ってきた。富山JCの理事長と貴重なお話もできた。その後となみへ帰ってきて本年度事業の打ち合わせを行った。仕事も家庭もある中JC活動を行うのは大変であり、JCメンバーに負担をかけていることと、それに応えてくれることに本当に感謝の言葉しかない。今年の努力が必ず良き感動を与え、自らの人生を良き方向に向けてくれると確信している。その後、事務局にて周年役員会がはじまった。冒頭にアクシデント発生!役員の皆さんからケーキのプレゼント。この年になって正直にこの役員に祝ってもらえたことに熱い思いが走った。このお礼はとなみ青年会議所に向ける情熱でお返ししたい。そして、式典と祝賀会の映像とシュミレーションの確認と記念誌の最終構成とわくわくすることばかりだ。今から不安もあるがそれ以上に気持ちが高ぶってきているのがわかる。そんな中、今年度の新入会員から誕生日の寄せ書きをいただいた。手作りの色紙は一人ひとりの顔が思い浮かぶ素敵なものだ。JCに入会しJCで育てられた私の38歳の誕生日は最高の1日となった。そして、あらためて私を生んでくれた両親に感謝する大切な日となった。
今日もJCです。午後からはわんぱく相撲の練習会場の小学校へお邪魔し校長先生と担当の先生とお話をした。まだまだ募集状況は少なく心配しているとの事だが、相撲を通して勝つ事の喜びと負けた相手を思いやりを養える大切な事を学べる機会を体験して欲しい。となみ場所で勝つと富山ブロック場所になり、そこで、上位入賞すると全国大会に出場し、夢の国技館と相撲部屋での寝食がついてくる。この機会をひろくとなみ野の子供たちに味わってほしい。夕方には40周年記念事業の打ち合わせに入った。となみ野の内外の皆さんに楽しんでいただける記念事業を行うために知恵を出し合った。今日の打ち合わせでおおむねの内容は決まった。後は担当副理事長の頑張りが大切になるだろう。そして夜には、アカデミー委員会があった。LIA講座が終わり少し物足りなさ感があるところに第27代理事長得能先輩のパワーアップセミナーが開催された。私は公私共に尊敬する先輩であり、先輩のパワーを多くアカデミーメンバーに吸収して欲しい。一言一言に魂があり青年会議所でしか体験できない内容であった。私達のために自作の資料を作成していただき本当に感謝の心でいっぱいである。明日もJCです。明後日もJCです。出来るときに精一杯の事を行えることに感謝し、二度とない人生を精一杯走りぬきたい。明日5月18日は記憶に残る良き日にしたい。
今日は40周年式典まで残り2週間となった。ここまで積み上げてきたものがいよいよ表に出てくる時が来た。長いようで短いこの時間。メンバーはいろいろな想いをもってきただろう。この周年は今年だけでなく向こう5年10年と語られることでありある意味周年は執念でもある。現役会員が力を合わせ今後の方向性を見出す。単にパフォーマンスに終わる事の無い様にさまざまな角度から検証をしてきた。残り2週間で最後の作業に取り掛かる。ここでのかかわりが自分達の力量を計るわけでもある。努力のかけすぎには何の問題も無い。しかし、手を抜けば間違いなく次の周年まで悔いが残る。明日からはやりすぎ以上の情熱をもうひとつがんばりたい。
今日は小学校の運動会がありそこに参加した。私の子供は6年生で小学生活最後の運動会である。最上級生として各団の先頭に立ち同級生との絆作りと下級生への指導と6年生の生き生きした姿はとても感動的でした。この経験を生かし中学校でも活躍して欲しい。また、福光南部小学校は偶然にも創立40周年でありとなみ青年会議所と同じ年数をすごした事に何かの縁を感じ、これからも共に子供たちの未来を創りあげていこうと感じた。
そして夜になり40周年祝賀会の演出映像が仕上がり直前と言う事で確認に行ってきた。最終調整は業者の方にお願いしているがその前の段階の映像まではJCメンバーが作成している。ほんの数年前までは夢のような映像編集も今では私達ち手作りで行える。皆さんに身近な映像はTSTにて放映のJCアワーである。企画から撮影・編集と自前で作りあげている。なんともいえない手作り感が好評を得ている。40周年の映像も参加いただいた皆さんに喜んでいただける内容ですの期待していただきたい。5月30日までもうすぐそこまできました。もうひと踏ん張りがんばります。
今日は40周年の式典にお配りする周年記念誌の最終構成を行った。少ない時間の中、そして、通常委員会も行っている中にかなりの完成度で仕上がりつつある。これまでには各委員会にて部会分けを行い進めてきたわけであるが、ここにきてすべての委員会の成果を合わせてみた。1冊の記念誌にしてみてはじめて40年の歴史が浮き上がってくる。特集を組んでいるところも何でこの特集なのかもよくわかる。そして、これから進むべき方向も見えてくるような気がする。この記念誌は来賓の皆さん、シニア会の先輩、そして、各市の図書館や学校にも配る予定です。もし機会があれば多くの市民のかたにご覧いただきたい内容に仕上がりましたのご期待ください。
今日は午後より式典と祝賀会の会場とその運営スタッフのみなさんと打ち合わせを行った。今までは本番を想定して内容をつめてきたが現場との調整は出来ては無かった。ここで現場と野調整を図る事で予想外の展開にでも十分対応できる。準備はやりすぎるほどがちょうど良いと思う。なぜなら失敗する人の多くは終わってから必ずと言っていいほどあの時やっておけばよかったと言っている。何でもやりすぎくらいがちょうど良いのである。しかし、机上の空論だけでもいけない。何回も現場で打ち合わせをする事の重要性がみえてくる。数を重ねるごとに自信に変わる。自信があれば余裕が出来る。余裕が出来れば自分以外のところの応援が出来る。応援が出来れば全体に余裕が生まれる。全体に余裕が出来れば安心が出来き多くのことを伝えることができ、結果すばらしいものが生まれる。今は産みの苦しみの中にいるがもう少しすると爽快感に変わる。爽快なイメージを描きながら5月30日を迎えたい。
ここ最近のわが国日本の将来に不安を感じる。この不安は私だけの問題ではないと思う。政権交代以来国民の多くの期待を受け現在まで進んできたが、どこまでの期待に答えられているのだろうか。倒産件数の増加、若者の就職難等と日本を取り巻く状況は極めて厳しい状況だ。こんな日本の将来に何を思うのだろうか。少なからずとも将来に魅力を感じている人もいるだろう。しかし、この状況が長く続けば間違いなく都会や地方と言う事は関係なく沈没するだろう。これは民間企業のみならず公務員も同様だろう。公務員だからと言って今の職場が続くかの保障はないだろう。そういう意味では民間も公共も関係なく共に今の日本の動向に力を合わせることが大切だと思う。この国の将来を作るのは私達の責任です。その責任を果たすために真剣に手と手をとりあって良い国日本の再興を誓いたい。
今日は地元ラジオ放送局のFMとなみの番組収録に行ってきた。当然ながら40周年の事を中心に話すわけだが、そのほかにも例会や通常委員会の事も話す。時にはJCメンバーの近況情報なども取り入れてみる。ラジオ番組だからどのくらいの人に伝わっているかはわからないが、多くの人に伝えたい一身で今日も8人でがんばってきた。自分がやりたい事も声を出してしっかりしゃべる事でより具体的な行動が見えてくる。この事によりうっすらしていたことがより明確になり多くの成果を得る事ができると思う。一番大事なことは、何でも思いついたらまずは声を出してしゃべってみる事。その事がいかに回りに伝わっている確かめる事。そして、この事を何度も繰り返し自分のものにして行く事。この繰り返しこそが成功への近道だと私は思う。
これもまずは実践あるのみ。明日からも実践を忘れることなく活動ししよう。
今日は母の日でした。誰もが必ずお母さんがいます。私も74歳の母がいます。いつも身近にいるせいかなかなかすなおに感謝の言葉を交わす機会を忘れてしまう。一年の一回こうして母の日があることはいいことだと思う。今生きている事について考えたら、一人では絶対生まれてはこれないと言う事誰にでも理解できる。その命を与えてくれた母親そして両親に感謝です。そして、母の日に大人になっても恥ずかしがらずに感謝する事を子供たちにも見せていこことが大事だと思う。こうして命が継承され人としての大切な思いやりの心が守られるのではないでしょうか。今日のこの日があるからいつもお母さんとお父さん、そして自分を支えてくれるすべての人に感謝で来るのだと思う。人の温かさをこれからも伝えて生きたい。
今日は南砺市PTA連絡協議会の総会があった。南砺市合併時より連絡協議会が発足し毎年会長は各地域を持ち回る。そして本年22年度は福光地区からの輩出で何と私松本誠一が会長を務めることとなった。青年会議所と違いPTAは子供たちと学校との活動が多い。間違ってはならないのは、子供たちにいかに良い環境を作り上げていくかである。各地域のPTAに合わせての活動にはなるがこの地域の宝を育てるために全力を尽くして行きたい。
今日は移動周年役員会議が砺波市庄川町の旅館で行われた。この旅館の店主はとなみ青年会議所の先輩でもあり30周年実行委員会の副委員長を務められたかたである。本年度の周長のたっての希望で今日の開催となったたわけだが、40周年と30周年の生の話を深くする事ができとても貴重な時間となった。何より30周年を経験していないメンバーにとっては周年がどのようなもの中をイメージできることとなりよりいっそう今後の励みになったと思う。先輩の話から当時より10年の月日がたち何かが変わってきているこの時代に変えてはならない何かを見つめ、そして何かを伝えていかなくてはならない。その何かが今日すこしづつ見えてきたように思える。JCの先輩は熱い。わたしたちも後輩のために熱くならなくてはならない。理屈なんかいらないただひたすらに行動するのみである。先輩からいただいた義理と人情そしてJCの精神を5月30日に大爆発させたい。必ず周年が成功すると確信した大切な日となった。
今日は南砺市城端の曳山祭りに行ってきた。本年度のとなみJCの監事が曳山祭りの役員をつとめていると言う事で地元副理事と共にご自宅に訪問し見物をさせていただいた。このように曳山と庵屋台を拝見する事を所望と言う。私は今まで一般の見物客として見に行った事はあるが、このような所望は始めてである。そして今日は快晴。最高の祭り日和になりとても感激だ。曳山は各町内で練り歩きながら町内を移動する。朝から始まり夜にはちょうちんがともされまた最高な雰囲気が味わえる。このようにとなみ野には多くの伝統文化が息づいている。平成の合併により2市になったとなみ野ではあるが、各地の伝統文化は昔と変わらず伝えていっている。この伝統文化はとなみ野の宝だ。この宝を継承できる事にを思うと心が熱くなる。宝が多くある故郷となみ野に生きている事に感謝だ。ふるさとづくりこそがひとづくりになり、そして明るいとなみ野の実現につながる確信している。これからもより良いふるさとづくりにまい進したい。
今日は鳩山首相が沖縄へ基地移転についての報道が多くあった。首相就任以来はじめの沖縄と言う事でしたが、選挙時には基地の県外移設をはなされて5月末までには解決すと言う報道もある。これまでの報道からは首相の発言と沖縄県民との会話がかみ合わないのは誰にもわかることだろう。そんな中沖縄入りと言う事だが、これだけ日本とアメリカ双方の関係があるなか来県するのが今日になったのは問題意識がなかったと思われても不思議でない。一国の首相の発言が毎回少しずつ変わってきているように思う。国民は当初の発言を元に現政権がどう対応をしてくれるかに期待している。この状況は国民に不安を与え、結果的には国全体を振り回しているだけに思える。現に新政権に変わってから事業仕分けは行われたが、そこから始まる経済効果は無いと言えるだろう。国のトップがいかに国民視線で行動する事が大事かがよくわかる。比較にはならないが私も青年会議所のトップとして会員と私達を取り巻く方々に夢と希望を与え行動し続ける事にあらためて決意するものであります。明日からもまずはトップか行動する事を実践します。
今日の憲法記念日は富山ブロック協議会開催の憲法タウンミーティングに参加してきた。本年5月18日より国民投票法が施行されるにあたり県民の皆さんに知っていただくと共に関心を持っていただく事が目的である。現行の憲法をいったいどれだけ私達は知っているのだろうか。生活に密接なところは知っているようにおもえるが、その他の事はあまり興味がないのが実情ではないだろうか。各政党では改憲か護憲かの論議もあるだろうが、日本の憲法はいったい誰のための何のための憲法なのだろうか。とかく憲法9条の事ばかりがクローズアップされるがその他の事もとても重要な事ばかりである。私達の生活を守るための憲法が政治の切り札のみに使われているように思える。あらためて日本人のための憲法、国際社会での地位を確立できる憲法、そして何より現実と合致し将来を見据えた憲法について国民が今こそ真剣に取り組む事が、国民投票法をより効果的に活用で着うる事ではないかと思う。その第一歩は無関心からの脱却でありより多くの人たちと共に関心を持つ事ではないかとと思う。
今日は休日だが朝から近所の人がやってきて相談を聞いた。いつも大概家にはいない事が多いので近所の人もそれをしって早朝に現れる。難しい話ではないがいろいろと話を聞かせてくれる。とてもためになるし、お互いの信頼関係があるかだと近所の人たちに感謝している。昼からはJCの先輩とボクシングの試合を見に行った。この試合はJCの先輩からチケットをいただいた。はじめは激しいスポーツだけに若い選手ばかりかと思えば私と同じ歳の選手が出場していた。同じ歳の選手が夢を追いかけ真剣に戦っている姿は私の心にすごく共感を覚えた。その戦っている姿が観客に感動と夢を与えているように感じた。私達の活動も周りに人たちに感動を与え、夢を与えてえいける事を考えていかなくてはならないと思う。夢を追い続ける事に年齢は関係ない。子供も大人もどれだけ夢と希望を持ち続けるかが大切だと思う。私も夢を実現できる大人になりまわりの人たちに夢を与えられる大人になっていきたい。
今日は連休の皆さんもいらっしゃるが私の会社は連休前のひつ区切りの作業を行っていました。おのおのの現場を一通り安全対策を行い連休に備えた。連休はほとんどの家が農作業に励むとのことであった。そんな5月1日は伝統文化が息づく世界遺産五箇山の春祭りに行ってきた。青年会議所現役会員もいるが私達を支えてくれる先輩方々もいらっしゃる。一軒一軒まわらせていただきながら山郷の春祭りを楽しんだ。ここの祭りは何か暖かさがある。この暖かさがなんともいえない気持ちになる。この地域はこのような地域が多くある。青年会議所活動も何が一番大切なのかを考えながら行動しなくてはならない。何より暖かい地域にいる先輩方々と現役会員に感謝しなくてはならないと感じました。